夏の奥多摩
2018年 07月 21日
よっぽどコレ撮りたい、という渇望がないと、自滅してしまいそうです。
なら、渓流のある森林で、と安直に考えても、夏休みですしね。
人気のないところに行くことに決定するわけです。
最近耳にするのは、山に餌となるものがどうも不作らしく、動物達が餌を求めて人里へ、と。
当然、イノシシ、猿、熊と出くわす可能性が高まり、役場から勧告も出てるぐらいなので
MTB用の熊鈴をカメラバックにくくりつけて、取り敢えず安心だよね、と車中の人に。
この辺長閑っぽいんじゃない?と適当に。
その土地で暮らす人達が栽培した花とか、自生している花だとか、
自然の勢いと人間の暮らしが拮抗して上手くバランスが取れている里山は素敵です。
不便や便利を地域の人達で達成していくコミュニテイの住人と
特に他人と干渉しなくても、取り敢えず生活できる地域の住人との差を
どれだけ認識できているのかなぁ、とふと考えることもあります。
若い頃は自分のことだけで頭がいっぱいで、それは今でも変わらなくてイカンのだけど
少しはこういうところが存在するありがたさに目が向くようになってきたのは
誰ももめてくれないから、自分で言っちゃうけれど、ちょっとは成長したヨナ。
気まぐれ的に入り込んだ渓流に沿った山道も、何度か来てるね、と、記憶力無し。
熊鈴もカメラバックに取り付けたまま車の中で、なんの意味なし。
山道に入る際、単線が通ってるね、撮って見ようか〜〜〜
って、熊鈴があったら五月蝿く思われるのやだね、というセリフでお互いに気づいたw
所々こじんまりとした名所があって、観光客が程よいボリュウムだと長閑な味わいがよろしく
そんな空気感を撮りたいな、と暫く単線と駅周辺を散策してみる。
まあ、思いがけなく、こんな近くに味わい深い、というかいい雰囲気を醸し出すところがあるもんだ、と。
車でささっと来ちゃうと、凄くインチキしてきちゃった後ろめたさがあるのね、自転車乗りとしては。
一生懸命、感受性センサーを働かせても、カラダを使って登ってきた相乗効果が合わさった感受性には叶わぬものなのね。
それでも、美しい、ものは美しい。
秋になったら真っ赤になるのかなぁ。
ビワみたいなオレンジ色がたまらんです。
傾いた日差しにゆらゆら眩しく。
と、帰路を急ぐも、夏の夕焼け空は美しく、足止め。
ココは!!!
と思うところは駐車できない法則はあります。存在します。